2011年12月15日木曜日

確保。

例年、J's GOALのJ2ライターが集まっての「冬カンファレンス」という催しが大阪であります。
実態はまぁ、忘年会 兼 昇格チーム担当者激励会 兼 反省会というものではありますが。
私も参加させてもらうようになって4年。今年もご案内いただいたので、行く事にしました。

なぜ大阪であるのかというと、この時期、クラブユース選手権が大阪で行われていて、その取材もあって媒体のスタッフさんやライターが集まるからである。

まぁ、ライターの顔ぶれは毎回微妙に違いますけども、境遇の違うチーム担当者が一同に会して情報交換したり、シーズンを振り返ったり、あと、飲んだくれたりという機会もそうそうなく、加えて翌日に有志でフットサルやるのが恒例になっているため、開幕前のカンファレンスには行けなくてもこっちには行く、ということに最近はなっております私は。

で、だいたい、マイレージ使って特典航空券で飛ぶんですけども、
そもそも特典使って 実質タダ で乗る客に割り当てられている座席が少ないんでしょう、サイトから予約しようとしてもなかなかできない状態が続いておりました。
一般の予約状況はガッラガラなんだけどね。
AMC のサポートデスクに電話して聞いてみると、やはり特典用の席は限られているということと、旅行会社などのツアー向けに抑えられている席があり、ギリギリまで待って予約が埋まらない場合、搭乗予定日の2週間前に航空会社に戻され、そこから改めて特典用に振り分けられる、ということでした。

そこからこまめに空席状況チェック。
で、行きは空席ある!と思ったら翌日の帰りの便に空席がない、という状況が続いておったのですが、ようやく本日、希望の便を確保できた。
座席指定する段階で空席状況が出てきますが、見事にガラガラ空席はたっぷりありました。

慌てなくても良かったのだけど、あとで便も座席も変えられるので、飛ぶ日が決まっているのであればすぐにでも往復1区間で抑えなきゃということを遅ればせながら学んだのでした。

そんなわけで、毎年、伊丹空港からリムジンバスでなんばまでまで行く途中の光景などを目にすると、「あー、もう1年経ったんだな」ということが感じられるような、個人的には恒例の行事になっています。

去年はモヤモヤした状態だったけども、今年はやれるとこまでやって、スッキリした気持ちで行ければなと思っとります。

1週間きばろう。

ほな。

2011年12月9日金曜日

今週は

サッカーが終わって、なんとなく力が抜けたというか、なんか平板な一週間でした。

とは言え各誌・紙からご依頼の1年振り返りの原稿があり、昨年一昨年は結構バタバタして書いたので、ちょっと余裕を持って始め、今日締めの分を送って完了しました。

全てが右肩上がりというのはなかなかないもので、今年上がった3クラブ見ても、F東は別として鳥栖と札幌はそれぞれ昨シーズンは9位、13位と熊本より下。
だから可能性がある、なんていうと乱暴で、もちろん今年の結果に至る背景には相応のビジョンに基づいたプランがあったはずですけれど、とは言っても、やはり全く無理な話じゃない、のも事実で。

どこまで信じられるか、信じて貫けるか、ということではないかとも感じています。

まだ陣容が見えないし不確定要素があって展望はできないけれど、どっちにも転ぶ可能性はあるわけで、悪い方に転ばないよう、手綱をさばいてもらいたいなと思う。

さて、あっちの方は一段落した中、年末にかけてはいつもお世話になっているm誌の特集数件と、同社の最も大きい別冊の一部を年越しでお受けしたのでそちらをこなしつつ、明日のイベントをはじめ、馬関連のコネタの方をフォローするという流れ。

23日には恒例の大阪での冬カンファレンス、翌24日は未定ですがおそらく冬カンファレンスのアトラクションでフットサル、帰って翌25日は芝の上でフルのサッカーの予定(これは仕事込み、というか蹴るついでに撮って書くという感じですが)となっております。


ひと月ほど前から痛めている右の脹脛、痛みが引いたので今週蹴りに行ったら再発。
せめて23、25に間に合うよう、しっかりケアせねばと思っとります。


今日はそんなところです。

2011年12月5日月曜日

シーズン終了と

12月3日のサガン鳥栖との試合をもって、2011シーズンのJ2リーグ終了しました。

熊本の結果は、13勝12分13敗の勝ち点51の11位でした。

いろいろと課題はあると思いますし、来シーズンが上がって5年目ということもあって、
勝負かけるという方向性もあるのかもしれないけれど、個人的な希望としては、5年計画の最終年だからとムリに加速するのではなく、中期目標を見直してもいいのではないかという気はしています。

今日リリースが出ていたけれども、例えば高卒2年目とかの選手を切ってしまうのは、ちょっと理解しにくい。
もちろん本人の資質や取り組む姿勢に関してとか、いろんな判断の要素はあるにせよ、ですが。
しかも今年が初めてではなく、昨年も一昨年も、事情は違えど1年目2年目が辞めるというケースがあったわけで、アカデミーだけでなくトップでの指導も含めた、一貫性のある広義での育成、その土台になるクラブの中期ビジョンとか、あるいはフィロソフィの部分を、もっと強固にしていく必要があるのではないかと感じます。

まだ過渡期で全てがうまくいくわけではないにしても、選手1人1人の人生がかかっているわけで、だからこそ個人個人は真剣にやらなきゃいけないんだけど、高校を出たばかりの選手を採ってくる以上、メンタルのケアも含めてしっかり、じっくり、育てる責任があるんじゃないだろうか。
それができないなら、よほど使える素材じゃなければ高卒は採るべきじゃないと、思います。個人的には。


さて、先日一度退院した父がまた入院。
一度は自分で運転して帰ったのだが、次の検診に自ら運転して行く自信がないと、帰った翌日に再び入院してしまいました。

今日の昼間に子どももつれて様子を見に行ったのですが、薬の副作用などもあって食事が摂れないことが関係して、けっこう弱っているなぁという印象でした。今は薬を止めてるようなので、早いとこ体力も戻ればとは思いますが、まぁ病院にいるとやっぱり弱りますね。


で、病室を出て駐車場に戻るまで、子どもが腕にしがみつくような感じでくっついてきました。いつもは手をつなぐ程度で、最近は気分次第でつないでくれないケースもあるんですけども、じいちゃんの元気がない姿を見て、何か感じる事があったのかもしれません。
そういうのって、あんまり考えない幼い頃の方が敏感に察するのかもしれないですね。


寒くなってきました。

2011年11月30日水曜日

9年

日付がかわって今日は11月30日。
なんと9回目の結婚記念日です。つまり、丸9年が経って10年目に入りました、ということですね。

早かったと言えば早かったですけど、

正直…、よくもったなと。

そんなに、危機的な状況があったとか、冷えきっているとか、そんなことはないんですけども、まぁお互い飽きずにというか、とりあえず愛想尽かされることもなく、というか。
我慢したかといえばそういう感覚も特にないので、(そりゃもちろん、瞬間瞬間を切り取れば、そういう感情がわいてきた時はありましたが)わりかし、うまくやってきたんだろうなと思います。

厚労省の統計データによれば、平成21年は年間25万3,000件、2分05秒に1件の割合で離婚が発生しているそうですが、うちは無事でした。

しかしこういう表現の仕方は、いささか詭弁のような印象がありませんか。
つまり離婚が2分05秒に1件と聞くと、えーっ、そんなに!と、思っちゃいますし、自分の身の回りでイメージしてしまうと、とんでもねぇ!と、思ってしまいがち。

いや、件数を1年365日で割れば、そういう数字は出るでしょうから、事実に即しているわけで、「○分に1件」というのも誤りではないのかもしれませんけれども。

ところがこれは当然ながら、国全体のデータであるので、そんなにとんでもない数字ってわけでもないんですよね。

「○分に1件」という切り方が悪い。

先ほどの厚労省のデータには、離婚率も併記されておりましたが、ここを見ますと平成20年よりやや増加しているものの、率では2.01とある。人口千対と書いてあるので、1000人のうち2.01件となり、人口100万人で換算すれば年に2001件。1ヶ月になおすとだいたい166件、1日だと5.48件となり、つまりペースとしては262分=4.38時間に1件、ということになる。

そんなもんでしょう。

100万人換算でこうなので、10万人であればペースとしては1/10、1万人なら1/100、438時間=だいたい18.5日に1件というのが、実態であるわけです。

これを多いととるか少ないととるかはまた別ですが、「2分05秒に1件」と聞いて浮かぶイメージとは全然違ってくる。

だって婚姻数に至っては44秒に1件で、これだって、そう考えるととんでもない数字だけれど、同様に計算してみれば100万人単位でも1日15~16件ですから、そんなに次から次に婚姻届が出されているわけでもない。

社会学においては統計も重要なデータではあるけれど、解釈の仕方1つで印象がごろっと替わりますから要注意、という趣旨の事を、パオロ・マッツァリーノ氏はその著書『反社会学講座』『つっこみ力』等で述べています。

まぁ要は、何事もなく9年が経つというのは、
そんなに特別な事じゃないかな、ってことでした。


2011年11月22日火曜日

お久しぶりに

ずいぶんとほっぽっているうちに11月になり、今年もあと6週間ちょい、というところまで来ました。この間、何をやっていたかというと…、いろいろありました。


まぁ、前回のエントリは今月に入ってからではあるものの、なかなかまとまったことを書くには時間的にも精神的にも余裕がない、そんな2、3ヶ月であったような気がします。
いや、この前に長めのテキストを書いているのが嫁さんのばあちゃんが亡くなった6月ということは、5ヶ月くらいそういう状態だったということになるのか。

というほどバタバタしていたわけではないですけどね。

ちょっと振り返ってみますと。まず8月頃からは1冊情報誌系の編集のお仕事を受け、
それが10月いっぱいまでかかりました。


これは今年初めにやらせていただいた2誌と比べればかなりスムースに運んだ仕事ではあったけど、結構出だしが遅かったため時間的にはやはりタイトで、編集は向いてないのではないか…、とまでは思わないにしても、時間の管理、進行管理、企画、といった部分に関しては、やはり未だに甘さなり弱さがあるということを再認識したものです。

ただ、2年前に同じテーマで作ったものの改訂というスタイルだったこともあり、何となくではあるけれど進行に関しては感覚が残っていたし、前回の反省も生かしつつ、改訂という面ではそれに適ったものを作れたかなという気はします。

んで、方やこの間、身内が立て続けに入院、手術という出来事がありました。
身内、というか、自分の親と娘です。

子どもの入院手術は前もってやらなきゃいけないことが決まっている手術でしたが、親父の方は急に分かって決まった事だったのでちょっと慌てました。

幸い両人とも手術はうまくいき、既に退院しました。(親父は今週から再び治療のため入院していますが)


と、仕事と個人的な事で結構大きな出来事が重なった中、仕事の中で約半分の割合を占めている現場の方でもちょっとした、いやけっこうなことがあってまいったりしまして。

そういうのがいろいろと絡んでちょっと精神的にもダウンだったのですが、なんとか今年も残り僅かのところまで来たと思うと、わりと感慨深いというか、よく耐えたなぁという気がしないでもありません。

これからもしかすると、ちょっと大きい山がこの2週間くらいの間にあるんじゃないかなという感じはしますが。

さて、明日は全国高校サッカー選手権大会の熊本県予選決勝へ取材に行く予定。

若者たちのプレーから元気をもらってきます。

2011年6月24日金曜日

人の縁について

今朝方、祖母が亡くなりました。
嫁の祖母なので義祖母ということになります。
97歳、死因は(診断書見ましたが)老衰。言わば大往生であった、と言って良いかと思います。

名前はサクばあちゃんと言いました。

生まれは神奈川県横須賀市。旦那さんが料理人として営んだ料亭で女将として働き、6人の子をもうけ、6年前に次女である私の義母が住む熊本へやってきた。

嫁さんの話によれば、かなり厳しいばあちゃんであったらしい。確かに、そんな面影はありましたね。

6年前、空港へ迎えに行った際、僕はこう言われたものです。

「わざわざすまないねぇ、運転手さん」


いや、あなたの孫の婿です。そこには若干の皮肉があったのかもしれませんが(笑)。

しかしサクばあちゃんは、その孫に対してもきついこと言うのです。

うちの娘を連れて見舞いに行くと(晩年は入院していたので)、誰か分かる?と問いかけるとこう言ったと聞きました。

「●●(うちの娘=ばあちゃんにとってのひ孫)の親」

キツイ(笑)。

実は昨日の時点で病院から連絡を受け、あまり永くないかもということで嫁と子どもは見舞いに行きました。

そして今朝。
6時半ごろ入電、心拍が落ちてるとの連絡を受け、それなら早めに娘を幼稚園へ送って病院に顔出さねばね、という話をしたのもつかの間、その30分後に「亡くなった」との連絡がありました。

当地の身寄りは次女にあたる義母と孫にあたる私の嫁のみで、葬儀は横浜で執り行なわれるのですが、それまでには時間があるため、明朝火葬となります。

正直に言えば、この6年の間も僕が直接接した機会はおそらく10回に満たないくらいで、血縁関係にはありますが、さほど身近ではありませんでした。

しかしながら、この方が6人の子をもうけて、そのうちの1人が私の奥さんとなる子をもうけたからこそ、今の私と私の子はある。

そう思うと義理の祖母とかいった血縁の遠さは関係なくなってきて、例えば嫁が親戚に電話する際に涙声になっているのを耳にして、こちらも涙腺が緩んだりするのです。


そんなわけで、明朝の火葬に備えて現在遺体の一時預かり(という表現はおかしいが)というか、安置されている斎場にてこれを書いています。

飲んでますけど酔いませぬ。

2011年6月7日火曜日

運動会にて

先週末は、子どもの通う幼稚園の運動会でした。大変天気が良くて、午前中だけだったにも関わらず日焼け。しかもお日様の方を向いてたふくらはぎと首という、背面の方が集中して灼けました。オッサンですけどハーフパンツだったので。

さてその運動会ですが、幼稚園最後ということもあって気合を入れて撮影に臨みました。300mmの望遠レンズをつけ、一眼で高速連写。機材も含め、毎日ではなくとも仕事でスポーツの写真を撮ってきて良かったなぁと思えるのは、こういう機会でもなければあまりありません。おかげで、まぁまぁいいカットが撮れました。

それはさておき、すごく真剣な表情で走っているカットが何枚もあって驚きました。子どもは一生懸命です。

うちの子も終わってから「かけっこビリだった~」って笑いながらも言っていましたが、幼稚園でも年長ともなればやっぱり、負けると悔しいんでしょう。

クラス対抗でやるリレーとか障害物競走とか、放送担当の先生が競技が終わって結果をアナウンスするんですが、

「●組さん、1位!」「ワーイ!」
「●組さん、2位!」「ワーイ!」
「●組さん」3位…」「…ワー…」


といったかんじで、最下位のクラスは子どもたちもあんまり盛り上がらないというか、喜ぶまでに一瞬、間があるんですよね。


子どもながらに、
「1番じゃないのにそんな無邪気に喜べるかよ」
っていう思いがあるのかもしれません。

最近はどうなのか知りませんが、一時期は順番をつけるのがいけないとかで、手をつないでゴールさせるなんていうところもあったようですが。
やっぱり人生、何でも平等ってわけではないので、その辺の理屈というか、競争原理みたいなことは体感させないといけないと思います。


これに関して、スポーツにしても勉強にしても、何かにおいて優れている子は、将来そのことを生かして人の役に立つ可能性が高い、だからそこは大人も、周りの子も認めて褒め称えるべきなのだ、ということを何かで読んだ記憶があります。

何でもいいので、その辺を見つけて伸ばしてやりたいと思うし、伸びていってくれたらなと感じます。


ではまた。

2011年4月7日木曜日

引っ越し作業員の空間認識力について

なんや大げさですけども。

今週頭に引っ越しました。
距離的にはほんの1kmほどなので大した移動ではありませんが、荷物を搬出して搬入するという手間は同じです。

距離が近いということは、業者の作業員さんにとっては移動の時間が短くなるわけで、前の家から運びだして次の家へ運び入れるまで、つまりトラックのシートに座って休む時間というのが必然的に、短くなることになります。

3DKの間取りに入っていた荷物、ダンボール約30箱と冷蔵庫や食器棚、ソファーといった大型家具を運搬するのに、作業員たった2人(シーズンですし)。始めのうちは大丈夫かなと思っていたんですけど、全く杞憂でした。正直、ナメていました。

ダンボールも半分近くは本ですから相当重いと思うんですが、2つ3ついっぺんに持っていきます、軽々と持ち上げて。ものの20分ほどでダンボール箱は部屋からさっぱりなくなり、大型家具もキルティングの生地ですっぽりくるんで、バンドをかけるまでわずか1、2分。整理ダンス程度なら1人でやっちゃいます。唖然としました。

そういう手際の良さや重い荷物を平然と運んでいく力強さにも圧倒されましたが、最もプロフェッショナリズムを感じたのはそういう部分ではなく、彼らの空間認識力の高さです。

我々一般市民でも、慣れた階段とかですと段差を体が覚えていて、いちいち足下を見なくても降りたり登ったりできます。しかしながらダンボールを2つも3つも抱えた状態で視界が遮られたりすると、やはり注意して歩かないと踏み外したり、荷物を壁にぶつけたりしてしまいますよね。

ところが彼らの場合、運んでいるのはダンボール箱だけではないですし、例えばソファーなら居間から、整理ダンスなら寝室から、冷蔵庫ならキッチンから、というふうに、何を運ぶかによって運ぶ経路も異なるわけです。

にも関わらず、運ぶものの大きさや形状と、部屋の間口の大きさとの関係、出口までの効率的な最短ルート、どういう向き、角度で運べば壁や他の家具などにぶつけないか、そういう情報を瞬時にインプットして判断しているのである(多分)。

もちろん慣れもあるんでしょうけど、客の家の間取りも様々ですから、トレーニングを積んだとしても向き不向きがあだろうな、と思うわけで、そういう意味ではウチに来た人がたまたまそうだったのかもしれませんけれども、とにかく、恐れいったなという感じでした。

力持ちなだけではダメで、空間認識力が高くないと、引越し作業員はつとまらない。

1つ学びました。

まだまだ片付きません…。

ではまた。