2012年1月23日月曜日

電車でのこと

先週の土曜、Jリーグのホームゲームでスタジアムグルメに出店している渡鹿の「かんしょや」さんのご長男の結婚式に行くため、久々に市電に乗った。

電車内も比較的込んで混んでいたので、私はつり革につかまりました。
おそらく降りる予定の停留所まで時間にして15分程度、立っててもたいしたことはありませぬ。ものすごーく疲れてたり、あるいはガッラガラだったら当然、座りますけどね。

さて、ある停留所で電車が止まり、乗客が数名降ります。
電車が走り出したところで、膝元をちょんちょん、とつつかれる感触。
「足を踏んだりしたかな」と思って視線を向けますと、私の前の席に座ったご老人が、隣にできた空席をポンポンとたたきながら、にっこり笑いかけていらっしゃる。
声は聞き取れません。でも、「座りなさい」とおっしゃっているのは間違いない。
その方の横には奥様とおぼしき女性が座っていて、そちらの隣も空いてました。

つまり私から見ると、

若 空 女 男 空
者 き 性 性 き

という状況。

こちらもにっこり笑って会釈を返しましたけれど、私よりも年配の乗客も近くに立っておられたので、ちょっと座りにくかった、というのもある。ちなみに声はかけてみたけれど、「次で降りるから」とおっしゃって、その方も座らない。

次の停留所でまた乗客が降りて車内に空席も増え、これなら良いだろという状況になったので、奥様の方の隣に座りました。

  こうなる
    ↓
若 私 女 男 空
者 め 性 性 き


そしてまた次の停留所。
ここで、私の右隣=ご夫妻から私を挟んだ方に座っていた青年が立ちまして、しかし運賃箱に料金を入れる直前、私の左に座っておられるご夫妻の方へ向き直りひとこと、
「ありがとうございます」と笑いながら述べて、降りていきました。

要はその彼も、隣のご夫妻に着席を促された、ということであるのでしょうね。

年配の方、身体の不自由な方、妊婦さんなどに席を譲るという行為は、
かつてに比べれば自然に、そして頻繁に目にするようにはなった気がします。

一方で若いうちは、譲ることが面倒だという思いもあって、空いていてもあえて座らない、なんてこともあるかもしれないけれど(私もそんな感覚があった時期もありますね)、やっぱ空いてるんだったら座った方が安全運行のためにはいいわけでね。

そう考えると、思いやりがありながらもそれを過剰に感じさせず、かつ全体のことを考慮しながらも押し付けがましくない、このご夫妻の自然な振る舞いは、単に年を重ねてきたからだけではなく、(勝手な想像ですけれど)洗練された感覚をお持ちのお2人だからできた行動だったのではないかと思います。

そして一方で、降りる際に感謝の気持ちを口に出して伝えるという、考えてみればごく自然な対応を見せた青年にもまた、同種のスマートさを感じるのであります。

こういうスマートさを身につけるのは非常に難しいし、言葉で教えるとなると意味の解釈の時点でズレが生じる可能性もあるから、感覚として体感してないとなかなか行動できるものではない。じゃあどうしたら身につくかと言えば、そんな悠長なことは言ってられない親や兄弟姉妹を除いて、親戚や友人や先輩、先生、上司(までならいいか)など、身近にそういった振る舞いができる人がいて、折に触れそうしたシーンを繰り返し目の当たりにして、無意識のうちに刷り込んでいくしかないですね。


脱線した。
とにかく、結婚式はもちろん、電車でのこの出来事も含めて良い“気”に触れる事ができた週末でした。

翌日は娘の机の組み立てや部屋の家具の配置換えを決行し、2時間ほどでしたが夕方は足の痛みも出ずにボールも蹴れて、充実した土曜、日曜でありました。

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