2013年6月17日月曜日

本城の悲劇

先週土曜の北九州戦はひどい結果になりました。

0-7というスコアを目にする機会はなかなかないですが、僕の身近なところで起きたのは2回めです。

1回めは16歳、高校2年の時。自分は諸事情によりその直前というか、出場が決まる前の県大会準決勝の前日付けで退部してしまっていましたので現場にはいなかったのだけれど、1987年の第66回全国高校サッカー選手権大会に先発11人中10人が1年生(あと1人も2年)という構成で臨んだ我が母校の大津高校が、1回戦の古河一(茨城)戦でこのスコアを記録しました。もちろん負け。

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▲大津も昔は強豪ではなかったんですよ。他県の代表校も今とは随分顔ぶれが違いますな


まぁこの時の大津は初出場で、前述の通りメンバーはほとんど1年生、相手の主力はほぼ3年生ということで、技術も体格も体力も大きな差があったことは明らかなわけで、0-7というのも仕方ない部分はある。ちなみに翌年も出場しましてやはり1回戦で日大山形に1-1からのPK負け、集大成となるその次の年は県の決勝で熊農に負けてしまうという展開になり、大津が選手権で初めて勝つまでには数年かかることになるわけですが。

しかし土曜の試合では体格も技術も体力もそんなに差があったとは思えないです。戦術的にはいくらか違いがあったにしても、それだけであんな点差にはならない。普通は。
途中から腹立ってきて、正直帰りたくもなったわけですが、逆に「とことんやられてしまえ」とも思った。その点、最後まで全く手を緩めずにやってくれた北九州の選手たちには感謝の気持ちもある。

精神的な問題も度外視できないし実際に要因としても決して小さくはないと思うのだけれど、そこは目に見えない部分であって、修正するのも、外から見て修正できたかどうかを検討するもの非常に難しい。ですが、具体的なところでも時間が経つに連れてどんどんひどくなっていった印象があります。

点を取りにいくにしても無闇に前にかかれば後ろはガラ空きになるのは必然で、ボールを取られた後の切り替えが遅ければその瞬間に相手にアドバンテージが生まれ、寄せも緩ければ好きに運ばれてかわされ、カバーもなければ最後はどフリーで撃たれる。失点場面のみ帰って見直したけれど、ほとんどそういう状態だった。最後の局面だけみると「なんでそこフリーにしとんねん」となるわけですが、その1つ前、2つ前、3つ前とたどっていけば、どうにか止めたり遅らせたりできる場面はあるはずで、要はそれを全く防げなかったということが言える。

うろ覚えだったのでネットで調べてみましたが、労働災害とか大きな事故等があると「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」というハインリッヒの法則というのを時々見聞きします。

実際にはそこまでないにしても、サッカーのゲームにおいては「1つの失点の背後には3つの軽微なミスがあり、その背景には10の異常が存在する」くらいの比率でなら成り立つかもしれん。7点行かれちゃってるということは、少なくとも21くらいはミスがあったと考えてもおかしくないし、逆に言うとそのうちのどこか1つでも止めることができていれば、あそこまでの惨事にはならなかったんじゃないかということも考えられる。

個人個人の判断とかフィジカル、スキルのまずさもあったとは思いますが、あれほどまでになるともはやそこだけの問題じゃないわけで、しっかり見直して次に臨んで欲しいと思います。

ちょっと話が逸れますが、三谷幸喜さんの「ラジオの時間」という映画で、鈴木京香演じる主婦の方が書いたラジオドラマの脚本が演者の都合でどんどん勝手に書き換えられていくんですけれど、それを受けて鈴木京香が「こんなのもう私の作品じゃないので名前外してください」と要求する場面があります。
これに対して、プロデューサー役の西村雅彦がこう返す。

「自分だって名前を外したい時はある。満足いくものなんて、そう作れるもんじゃない。だけど、いつか満足いくものを作ろうと努力しているんだ。これもアンタの作品だ、悪いが名前は入れさせてもらう」
要は、どんな出来でもそれを作った者としての責任があるというわけで。
自分なんかもそうですわ。書いた原稿、撮った写真、編集を担当した企画や本、100%満足したことなんてほとんどない。でも次はもっといいのを、と思って続けるしかない。


あんなゲーム、実際にやってた選手も早く忘れたいだろうと思う。
でも忘れてはイカンとも思う。
次はもっと、いいゲームを。


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